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2
タダウシ
“私行かない”
2008年06月26日(木) 02時04分
健康の巻
今月の7日からずっと風邪気味で、明らかに長い
ハナは完全に止まって良く通るのに、ここ3日ぐらい、午前中に耳の閉塞感が
出て、たんが止まらない。
ついでに、歯が痛い。それも日増しに痛い。
ついに、近所の耳鼻科に・・・
色々話を聞かれ、耳を点検、鼻に消毒のシュ~~~っと
「こんなに我慢しちゃダメ、これ持ってレントゲン撮ってきて」
「はぁ・・・」
で、吸引して金曜日に検査結果と吸引に行く。
当然、抗生剤が出て夕食後飲んだ。なんと、当たり前だが歯が痛くない
先生言うように、「早く行けば良かった」・・・・・・・・・
ついでに、会社の人の話で、その方の父親が蓄膿で手術の話も聞かされた。
そんなことにならないようにしたいと思う。
経験値が17ポイント上がった
ID:k643cgvxne
3
タダウシ
“私行かない”
2008年06月27日(金) 01時56分
抗生物質の効果も一進一退。
今日の午前中は、前日と大差ない歯の痛みと、タンが出た。
午後からは3回目の服用もあって、徐々に沈静化の方向。
明日のレントゲン結果が気がかりじゃ
おお、そして今日の夜はオフ会。
みんな元気で会いたいものじゃ
カミさんも行くとか言っておるが、あてにならんからのう
経験値が16ポイント上がった
ID:k643cgvxne
4
タダウシ
“私行かない”
2008年07月06日(日) 17時27分
60歳の方とTOTO BIG
先週、JNBでトトが買えるようになったと、職場の隣の方と話をした。
で、6億当たったら・・的な話で・・・
彼は大手スーパー重役から、子会社の社長、そして縁あって当社で机を並べる。
はっきり言って、経済的には裕福な方だ
そして、写真(カメラ)や音響(オーディオ)、音楽、登山等・・・趣味や話が合う
「6億あったら、余命趣味では使いきれん」
「自分は6億当たったら、会社辞めて、前にTVでみたアフリカとかに行ってノートや鉛筆
を届けて過ごしたい」
「そうだね、足長おじさんもいいね」
「ええ、自己満足でしょうけど、人に感謝されるお金を使いたいですね」
「そう、俺なんか子供の頃は学校で、「偉い人より、将来、立派な人になれ」と教わった」
「いい言葉ですね」
「今は、お金で勝ち負けしか測れん時代だけど・・・」
「まさに生き様が問われなくなりましたね」
「そうなんだよね、企業のTOPもそういう人が少なくなってきた感じがするな。事件とか見ると」
6億の夢・・・
経験値が16ポイント上がった
ID:k643cgvxne
5
タダウシ
“私行かない”
2008年07月07日(月) 00時27分
ウィンブルドン
久々にテニスを観た
シャラポアなんて大型選手の活躍ぐらいが、日本でも良く報道されるが、
今回女子の決勝は姉妹対決
いったい、今のテニス界はどんなんだろう?
はい、観たら分りました
数年前より遥かにパワー&スピードがランクアップしている感じ
男子は男子で、卓球のように回転をかけていて、変化が見える
さすがにスピードは以前観た頃と進化は女子ほど感じられないが、
こちらもスゴイな
思わず観てしまうな・・NHKさん
経験値が18ポイント上がった
ID:k643cgvxne
6
タダウシ
“私行かない”
2008年07月07日(月) 09時49分
結末は・・・・・
観てしまったのですよ
ウィンブルドン男子決勝
何度も途中で寝ようと思ったが・・・
とにかく、どちらかが情けないミスなどすれば、眠れていたのに・・・
双方スーパープレイの連続
自分の顔は徹夜独特の<<ベタベタ>>
フルセット2-2で雨。2度目の中断。この時点で、4時を回っている。
NHKの放送の雰囲気が、これから日没に向けて本日はムリ??・・・・・
ええ、その言葉で寝たのは4時半過ぎていましたよ
朝起きて、自分が朝まで観戦していたことを知らないカミさんが、
「連覇できなかったね!」とひとこと・・・・・・・・
あの後試合したのか・・・・・最後まで観たかった
経験値が16ポイント上がった
ID:k643cgvxne
7
タダウシ
“私行かない”
2008年07月12日(土) 13時24分
男の意地が試される時代
どうも近年女性が恋愛をリードする時代到来で、
男性のガードが問われるケースが増えた気がします。
MONAさんと野球選手・校長に教え子・一般的にダメだよ、って関係が後を絶たなく
報道される
過去の歴史から、洋の東西を問わず、男女の関係には人工的な習慣で一定の
モラルが維持できる仕掛けを男性中心に提供されてきた
過去の宗教や法律は今でもそれを物語る証拠のようなものだ
日本でも自由奔放な恋愛感が発達した江戸時代なんか、オハグロなんて
世界でも類を見ない怖い化粧まであって、妻となったものへの女性らしさを阻害した
現在でも、女性の顔を人前に露出しないとか、世界中にこの手の女性に対する制約は
大変多いと思う。
つまり、男性は女性に自由に恋愛されることが怖い。それは、前にも書いたが女性が選ぶ側で
男性が選ばれる基本的な本能が男女とも分っていたからではないか。
もちろん、例外は多数あるが・・・・・
女性が長年、そういった不公平な環境の中でもやってこれたのは、どこか
「所詮、男はこちらが選ぶもの・・・」的な余裕が、そんな社会を容認してきたのだと思う。
そう、男は誘われれば、ほとんどの場合、女性に落ちるように遺伝子にプログラムされた
固体であると思う。これは、人以外の哺乳類を観ても明白。本能ではよりたくさんの女性と
交配に励む生き物かもしれない。そして、そのキッカケは女性が握る。
しかし、人は他の動物とは違い、年中発情するチャンスを持っている。
と、同時に『理性』なる本能の前では、あてにならない機能も持っている。
本能に屈するのも動物としての性ではあるが、社会の一員として失うものを考えた
理性という男の意地を発揮できなければ、イイ女からも見捨てられる時が来ていると思う
なぜなら、いつでも主導権を持っているイイ女は、そんな男の情けなさを冷静に眺めているのだから
経験値が17ポイント上がった
ID:k643cgvxne
8
タダウシ
“私行かない”
2008年07月14日(月) 02時46分
たかち殿
実に心理背景を想像させるTELの書き込みじゃ
想像1・・・以前のお付合いが彼からの事情で別れてた場合・・・
「今、一人?ホントはさ、あの時どうにかしてたんだ、今なら素直になれる。もう一度・・・」
これが、言いたくて・・・でも、当時自分から言い出したので素直に電話できない。
背景に最近他の彼女と別れて寂しい気持ちがあるのか?・・・
想像2・・・たかち殿から振っている場合・・・
「あの時、振られてから何人か付き合ったが、やはりお前が最高だ。ってか、ワシらどうして別れた?」
別れた時、相手を思いやって優しく別れると、男は時として「理由は何だっけ?」と
思い返したりすることがあり、勝手に「もしかして?」などと考える
想像3・・・しっかり両者の合意で別れた場合・・・
「俺もさ、お前の事ずっと引きずっていたけど、ようやく彼女出来て、今度結婚する!」
まあ、これは後ろめたさはなく、明るい話題なので普通にTELできるはず
今回のケースでは無理があるか・・・
う~~~~~ん、思考回路が断線してきたな
どちらにしても、たかち殿が一人であるのか?お話しが出来るのか?
雰囲気からすると、別れの原因は当時彼の浮気?かな?
いやいや、男とは本当に寂しがりな生き物じゃ。
昔から幸運の女神にはうしろ髪はないと相場は決まっておるのにのう
モテる女は辛いのう
おお、つい人の恋意地を想像してしまいましたm(__)m 失礼つかまつった
経験値が20ポイント上がった
ID:k643cgvxne
9
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年07月15日(火) 02時54分
うなぎは好きだが
昔から蒲焼が好きで、今でも近所のうなぎ屋さんにお世話になるが、
近年、産地の偽装などでウナギもかわいそう
これは、うなぎ好きの暴論?か、正直、産地など興味ない
中国産だろうが台湾産だろうが、国産であろうが、一番の問題は『品質』ではないのか?
以前、大量生産が目的で、大量の抗生剤などが養殖に使われていたので、
中国産などのうなぎの響きが悪い。で、今はどうなの??
今でも残留している薬品があるのか?・・・そこのところが不透明だから
消費者は外国産に神経を尖らせる
日本製は本当に大丈夫?
日本だって、はまちやふぐ・・・・の養殖でイケスに大量の抗生剤使っていて
漁師さんは絶対食べない・・・そんなTV番組昔見た事あるが、産地よりも
品質の安全が早く公正な表示とかになってほしいものだ
え、お前本当においしい天然物や国産ウナギ食ったことあるかって?
子供の頃は天然物しかいませんでしたが・・・なにか
昔は自宅で海や川で釣ってきたウナギ飼ってたし、自家製蒲焼もずいぶん食べた
でも、やっぱり鰻屋さんの秘伝のタレで焼かれた・・・・・
ああ、大好きだったたくさんの鰻屋さんをはしごしたい
住まいの近所の「ラーメン屋・蕎麦屋・鰻屋・すし屋・スパゲティー屋・焼肉屋」これは必需品ですな
まあ、結構、こだわると少ないけど、近所で美味しい店があると幸せ
経験値が16ポイント上がった
ID:k643cgvxne
10
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年07月17日(木) 14時21分
掲示板考1
実はインターネット伝来より以前のパソコン通信時代、PCバン(NEC)とニフティーサーブ(日商&富士通)で
世の中が2分されていた。
当時、子供が多いのがPCバンで、大人がニフなんて言われたりもしたが、ニフしか経験の無いウシは
真偽の程は分からない。会員数10万人程度で加入したが、その後瞬く間に20~100万人と
急成長を遂げた。
なんせ、接続に1分=10円&通話料だから、使用料金自慢が病気自慢のように流行っていた
「今月の課金5万超えました!」
「俺なんて、このままじゃ10万超えそう^^;」
なんて、会話があちこちで・・・
その頃、たくさんの「フォーラム」と呼ばれる会議室みたいな趣味や仕事さまざまな部屋があって
そこには、今のブログの原点のような、「シスオペ」なる管理者がいて、発言の削除とかやっていた。
あの頃の「アラシ行為」は、目撃した限りでは、「同じ趣味を持つもの同士の、意見の相違」が
もとになり、2~3勢力に分散、互いの主張を戦わせ・・・やがて分裂・・・
まあ、大の大人が、こだわりぬいた趣味の領域、読んでるだけで深い意見交換も数あった
時代は流れ、インターネット時代へ・・・・・そして、常時接続、定額制でより身近で便利な
存在になった。
でも、何年経っても書き込むのは人間であり、そこでの結びつきも喧嘩も基本は大差が無い
むしろ、世代の拡大により、趣味や仕事の枠を超えたコミュニケーションが発達し、
従来見ないようなムダが排出されるようになる
特に社会経験もなく、同世代の友人と多くを過ごす学生世代では、どうすれば良いのか?
分からぬまま、ネット社会で順応するすべを独学する
自分たちが子供の頃は、「近所で遊ぶ」習慣があり、5歳ぐらいの幅で「縦社会」を学習した。
しかし、今は塾や学校の友達であり、そこには平等の付き合いがあれば良い。
幸い、部活動などで「縦社会」を学べれば、年齢・実力・経済力・知力・体力・人望・・・もろもろの上位者
を見る機会があり、そこから尊敬を学び己を知り、逆に「歳が上だけでも、従はねばならない・・・矛盾?」を
時には悟ったりもしたする。
でも、そこに参加しない学生は・・・大丈夫なのだろうか?
学年で1位の学力者は学校・地域・地方・全国と対象が広がり、やがて大学まではそのペースで
順調に行ける。しかし、社会は約40年分程度の経験を持った先輩がいる。
つまり、全国1位であっても、仮に1番にレベル差が無く経験的成長が同じなら、
社会に出た途端、40位にランクダウンしてしまう。「縦社会」を理解している者ならなんの不安も無いことだが、
社会性が極めて低い子供たちは、このストレスに勝てるのだろうか?
少なくとも、家庭の中では、どの子も親にとっては一番の存在なのだから・・・
世の中にはいろんな才能があり、それを認め時には畏れ、時には敬う。
「人に敬意を持つ」
どこかの会社の社訓のようだが、実はこの意識の無いものは己も他者から認められることはない
経験値が18ポイント上がった
ID:k643cgvxne
11
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年07月17日(木) 15時22分
掲示板考2
畏れ・・・すげ~なこりゃ
最近、出没した掲示板での若者たちは、そんな経験がないのだろうか?
想像力とか・・・・・薄いんだろうな・・・
一番怖いのは、人の心。人から嫌われること。いや、好きな人から嫌われること・・・
それ以外の人はどうなっても良い? ネットはここが肝じゃ
ブログって何?
昔、日記なんて公開して楽しいか?・・・
そんなの読みたい?・・・
そんなのすぐ廃れるね・・・
その昔、そんな感情を持ったものだ
なぜかと云えば、自分自身が面白い人だと思っていないからか・・・
人はなぜ、プライバシー保護とか言いながら、片方でコミュニケーションを図るため?
プライベートを公開している。
本当に邪魔されず特定の人たちと会話するのであれば、掲示板は選択しなくとも良い
では、何故掲示板はネット社会にあり続けるのか?
それは、メンバーの拡大? 自意識の披露?・・・・・解らない・・・・・
一ついえることは、今ここにいることも、ここのメンバーと知り合えたのも、掲示板のお陰であり
掲示板が無くなれば、疎遠になるであろう関係もある。
以前、アラシが来ることで団結力が増し、掲示板が活性化する。と、云ったコメントをした
アラシがいた。確かにそんな感じもあったが、実際はアラシの日は参加が減り、アラシの目的の一つ、
「板の解散」に追い込まれる姿もたくさん見た
人が楽しくしている姿は、観たくないタイプの仕業だ。
しかし、過去経験した「最悪」のアラシ動機は、もう少し陰湿なものだった
経験値が18ポイント上がった
ID:k643cgvxne
12
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年07月18日(金) 01時45分
掲示板3
そう云えば、先日のパチカードにやってきた、若者に向かっていったぴよさんと
たかち殿は立派でしたな
特に、最後にはたかち殿に挨拶して立ち去りましたよ
あれは、挨拶した若者も偉いが、たかち殿も見事じゃった
大人の荒氏もあのぐらい素直になれば、平和なものだが、見た中で陰湿のアラシを
書いておこう
それは、IQスレという、掲示板内のスレッドでもメンバー数と書き込みの多さは、
群を抜いていた。昼間は社会人、夜は学生と社会人、深夜から朝まで学生を中心に
1日=1000レス、24時間書き込みが絶え間なく続くこともあった
アラシは、ここでのやり取りの仲の良さをねたむように、思い出したように
空白・英文・横長・AA(漢字で描かれたモナリザは芸術だった)
・・・まあ、良く色んなものを提供してくれた
ところが、ほとんど人気のある板には顔を出していたアラシも、ある時期個人攻撃を
始めた。文章による攻撃だ。
我々は当時、既にいくつかの避難場所として個人のHPや、ID制の掲示板を持ち、
そこが荒らされた時、彼らを放置したりしていた
結論から言おう。我々のスレッドを荒らしていたのは、避難場所のHPのオーナーだった
彼は我々のスレッドに対して密かに妬みを持っていたらしく、最終的に主要メンバーの大半
彼のHPに引き抜かれ、仲間割れを起こすように裏で糸を引き、次第に分裂。
最終的には、メンバーはバラバラに解体。掲示板はそれよりも先に閉鎖
幸い、それぞれの趣向の合ったところに分散して、今でも付き合いのある方達も・・・
実に彼は2年以上、偽善を貫き、最後の最後で特定の人に、事実を残しHPを閉鎖した
彼は自分が羨ましかったものを、時間をかけて壊し、善意者を装い仲間になり、そして
仲間を裏切り・・・まあ、手間のかかる人だったようだが、なぜか自分は「たか&ガリ」の
ファンとして、ここに生息場所を決めた
ここに案内を受けた時は、「成りすまし」が出来ないだけでもホッとしたし、
稀に見る本当に平和な掲示板だ
昔から掲示板上での書き込みは、長い割には面白くなく、正直、書くより読むが好きだった
ブログ小説も短期間に数作品書き上げたのも、昔のメンバーのハゲマシ(決して素見さんではない)が
あって書けたもので、それこそ、九州から北海道に至るまで、知人以上の仲間がうれしかった
まあ、自分もそんな励ましの中、個人的な理由で、途中でブログを放棄してしまって、無責任極まりない
経験値が16ポイント上がった
ID:k643cgvxne
13
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年07月22日(火) 01時09分
アンフェアー?
Gの二岡選手が一軍に復帰。対するお相手は全ての職を失う。
非常に不思議だ!!!
巨人のコンプライアンスはそんな程度で良いのか?
少なくとも、相手が関係はないと否定しながらも世間からバッシングされ、
民法上「不貞行為」に疑念を残す相手が、そのまま現場復帰
自分もここで男女のかけ引き、「女性に選択権」とは言っているが、両成敗でしょう
もし、巨人が事実関係を調査「無罪」を証明するのなら、相手側にも
配慮があってしかるべき。「モナさんにもご迷惑・・」演出でも良いから・・・
まあ、モナファンでもないけれど、元オーナーの「そのぐらいのこと、あんたらも・・」発言や
まだまだ、「女性が悪い」で世の中良いのでしょうか?
あれは、どう観ても「すみません」認めた内容にしか見えなかった
普通の会社なら「私はこれ(小指)で会社をクビになりました」ですよ
まあ、判らなきゃ、世の中たくさん行われている行為ではあるが・・・
経験値が16ポイント上がった
ID:k643cgvxne
14
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年07月22日(火) 13時50分
2枚目の玄関の自動ドアを出ると、タダウシを熱気が襲った。
5歩ほど歩き木陰を出ると今度は強い日差しが、暑さに追い討ちをかける。
一瞬目がくらむと同時に、視界の右端に白い服装の女性を認識した。
タダウシは左に進み、彼女の靴音は軽快なリズムで後を着いてくる。
タダウシの歩調は一般人より速めだ。それは、彼自身が街中を歩いていて
前の人を追い抜くことはあるが、抜かれることは滅多にないことから、
彼が勝手にそう思い込んでいるのである。
交差点を左折してもまだ足音は後を着いてくる。
しかも、段々音が近づいてくる。
タダウシは日差しの強さもあり、歩く速度をわずかに緩めた。
こんな暑さの中、この速さで歩く女性がどんな女性か心のどこかに興味が湧いた。
足音はすぐに真後ろについたかと思えば、即横顔が見えた。身長は変わらない。
瞳の大きい、どこかエキゾチックな感じのする女性があっという間にタダウシを抜き去った。
白いワンピースは日差しを反射してまぶしく輝いた「後姿」を彼に見せた。
その時、彼はその瞳の印象より遥に強烈な個性を魅せられることになる。
なんと、首筋で束ねられた細めの薄いブラウンの髪の毛が、まっすぐに伸び
先端が彼女のひざの下でヒラヒラと揺らめいていた……
・・・・・・・久々に小説っぽい表現したけど、ダメだな! 上記は実話です
やっぱり、台詞で回す話の方が楽だな
経験値が18ポイント上がった
ID:k643cgvxne
15
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年07月28日(月) 14時36分
おかまたん どうも
その猫映像、うけました
ネコらしいさ爆発ですな
脈絡のないカキコ・・・っていうか、1年後に「おかまたんの孤独」とか小説か脚本で
お願いします。
しかし、想像力をかきたてる表現ですな。それらの断片から物語が書けそうですよ
でも、たくさん泣いたということは、それだけストレスが溜まっていた証拠。
精神衛生上「泣く」に勝るストレス解消方なしと云われていますから、どんどん泣きましょう
自分などは、さしたるストレスも無いのに、連夜アニメDVDで感動の涙を流すこともあり、
ほとんど泣くことを条件反射にしています。不思議と何度見ても泣ける幸せ
ちなみに、どんな泣き方でも、ストレス解消効果は変わらないそうです
バドミントンの暗い思い出・・・・・
その昔、そうあれは中2の春だったか?・・・(こんな自分にも中2はあったのだ)
ある日ある時、急に同じ部の同級生に恋心が湧き上がり、初めて告白した時じゃった
場所はマザー牧場の草原の上。同じ部の男女6人で遊びに行って、周りが気を使って
2人きりに・・・その告白した後の無言の静けさ・・・
そして、彼女がそこにあったバドミントンをしない?との問いかけにのり、初めてのバドミントン
卓球もテニスもそこそこ出来たので、こいつは楽勝?と思ったが、
まったく3回とラリーが続かない。ほとんど自分のミス・ミス・ミス・・・
その数日後、見事に彼女にはフラれバドミントンも暗い思い出に・・・
ところが、それから7年後大学の時に、人生2度目のバドミントンは信じられないぐらい
ラリーが続く・・・・・・やはり、動揺しておったのか・・・自意識過剰の瞬間だった
経験値が18ポイント上がった
<<赤電話>> をひろった!
ID:k643cgvxne
16
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年07月31日(木) 15時16分
おかまたん どうも
おかまたんは、マイナス思考でもないですよね
脈絡の無いお話でも、文末に反省やら将来的な部分が、すごくプラス的に映りますよ
こんなオジサンの学生時代など、何も面白くないですよ
いや、仮に少々人と変わったことしていたとしても、おかまたんの3日間の
エピソードより、読んだ人は興味が湧かないでしょう
小学時代・・・チビで気位が高く、いじめられてましたね、マジで
この辺の香りは今でも引きずった個性なんでしょ
みんな自分がコケル姿が見たいようです
テニスや卓球はこの頃、おぼえた。
中学時代・・・1年で卓球部を退部。放送部で2年間。
身体は大きいほうに。2年でほぼ今の身長。クラスや生徒会の委員長とか
部長とかそんな感じで、学年に400人ぐらいいましたけど、地元のお祭りが
大好きで、俗に言う「不良」の方々ともお付き合いがあり、秀才とかとも
お友達が多かった。そういう意味では、高校より巾が広く面白かった。
歌ばかり口ずさんでいた・・・新御三家・沢田研二・などなど
中央競馬会の北海道旅行をかけたエッセイに応募したな~
高校時代・・・部活にも入らず、麻雀やオートバイ、学園祭には洋楽のコピーバンド。
成績も最下位グループで、日本史だけ勉強したのでトップクラスでしたが
勉強は一気に苦手になりましたね。原付バイクのエンジンをばらして、
試行錯誤したり、バイトで買った一眼レフで写真撮ったり、中学から好きだった
競馬が元で乗馬をかじったのもこの頃。
クラスに1/4ほどいた女性にもご縁が薄く・・・
大学時代・・・写真部を1年でやめ、オートバイクラブを創設。同級生で人生の先輩と楽しい企画を
実行。クラブ主催の草レースや学園祭で、メーカー協賛によるモーターショー。
まあ、今考えてもびっくりしたのは、東京モーターショーの参考出品車両を
直前のフランクフルトから、東京Mショーの前に直送してもらったり
ホンダやヤマハさん(他多数)には、随分お世話になりました。企画書チェックは厳しかった
クラブ活動中心で、女っ気ゼロ?・・・でもないか、自分だけゼロでしたね。
良く自筆の小説に登場する「記憶喪失」などは、この頃の実体験が使われていますね
ツーリングのフリー走行で一時的に記憶をなくした後輩の自宅に保険書を届けてほしいと電話するのも
会長の務めで。。。彼とは今でもお付き合いがあります。
まあ、道楽人生で、いろんなことをしたけど、どれも極めていない。
ボーリングを例にとっても、中学で県大会優勝。その後、ブームは去り、30代で復活。
かなり、上位には行くも、プロで稼げる?と言われば、「200%NO」で、精々プロテストを受けても
おかしくないレベルって感じ。だけど、内容には変にこだわりがあったり・・・
何より、振り返れば、あんなに夢中だったお祭りも、社会人になってキッパリやめたし、
ボーリングもやめ、オートバイも乗っていない。気がつけば道楽者にもなりきれていない
実に持久力のないタイプかもしれません・・・って語っている自分が自分の人生ではないような・・・
やはり、見聞した物は大きな財産ですが、その器たる自己はつまらない存在です
経験値が18ポイント上がった
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17
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年08月03日(日) 04時06分
オートバイの巻(ボビー)
2月生まれで免許取得が遅かった
で、欲しかったバイクはほとんど同級生に買われて、同じの欲しくないから、
変なの選んだな
クラッチ付きの4速。ヤマハのボビー50ってバイクだった。
当時、既にカタログの動力性能とか理解できていたので、このフロントバスケット付の
買い物バイクでスポーツタイプに勝てる方法を模索していた。
ノーマルでの最高速はメーター読みで約65キロ。
スポーツタイプは、CB50・RD50は80キロは軽くオーバー。
まず、2次減速比(チェーンのギアを自転車のように前後を変更)
そう、スポーツタイプにはない、有り余る?低速トルクを最大限に活かし、
キャブレターからシリンダーに至る内面の研磨。(手作業)
それから、ピストンリングは2本を1本リングに。この為、年中リング交換。
さすがに、ポートタイミングの変更には至らなかったが、最高速は
ボビーのメーター80キロを振り切り、400と併走し、98キロを記録。
最もこの最高速仕様では、日常は不便なので、85キロ仕様で走っていた。
2スト最大の、チャンバーの変更とポートをいじらず、もちろんキャブもメーンジェットもノーマル。
ブレーキはドラム自体が限界を超えていたが、大学時代の原付4時間モトクロス耐久まで
使って、8年間の足として、友として、色んな事を教わった。
そうそう、モトクロスでは、悪路走行に最も不向きな小径ホイールのせいか、
スプロケット(ギア)が前後とも手裏剣のように尖ってしまい、レース中に交換しないように
新しい物をチェーンと一緒に投入した
そうだよな、自転車からいきなり行動範囲が何倍にもなって、いろんなところへ連れて行って
くれた。普段の日曜でも、気が向けば山の中を100キロとか走れちゃう
高校時代はほとんど一人でツーリングしてたな。なんの計画もなしに・・・
当時全盛期だった暴走族の集会には、カゴ付きのバイクということで参加もなかった。
大学で埼玉のアパートと千葉の実家間250KMを2回往復した時は、荷物も前後満載で
信号待ちでは、よく自動車のドライバーから「どこまで行くの?」とか声かけられたな
電車で3千円程度の道のりを、800円程度のガソリン代で行けた。時間は2倍かかったが
ついでに、顔はもとより鼻の中まで真っ黒でしたが
違反切符も原付ということで、スピード違反、一時不停止とか、多かったな。
原付は警察のカモだったような気がしますよ。時速30Kって戦後決まった法律でしたから
とにかく、廃品業者に引き取られて25年が過ぎても、想い出の一品でした
経験値が18ポイント上がった
ID:k643cgvxne
18
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年08月04日(月) 02時42分
オートバイの巻(XJ400)
きっと、ボビーの回想録だけでも高校時代ということもあり、次から次へと
想い出がよみがえる
いよいよ、親元を離れ一人暮らしが始まったけど、やはり鉄道貨物で送った
ボビーが当面の足として活躍してくれた
初の夏休みには、このボビーで帰った。
そして、夏休みに自動二輪の免許を取得。
実は4輪と2輪で最後まで悩んだ。
友達はみんな4輪で、バイトしながら買える中古を買っていた。
もう少しバイクに乗っていたかった
当時、アルバイトで返せるローンなんて2~3年で50万程度。
50万の中古車は・・・あんまり興味が沸かなかった・・・
ところが、40万出せば、最高の400㏄が買える。言い方をかえれば、世界一の
400㏄が買えるのだ。
たまたま、実家の前のアパートがヤマハの営業所の所長さんが住んでいて、
ボビーの時もお世話になり、ヤマハのファンだった。
その時、ヤマハからXJという新しいブランドが誕生して、一目ぼれだった。
注文しても即入らないくらい待たされて、しかも希望の色は無理で黒いその
女性的なフォルムの洗練されたバイクが秋に届いた。
子供の頃から、電気の光るメーターが好きで、自転車のメーターの光るのが観たくて
夜、意味もなく走ったが、このバイクもメーターはゴージャスだった。
学校の裏山に停めるようになると、本人よりもバイクが注目を浴びた
その中で妙に老けた学生が、親しげに話しかけてきた。同じ授業に出ていたが
聞けば年齢は2つ上だった
彼は、古いホンダCB750K1という名車に乗っていた。
そして、彼に誘われ初めての複数車両による自動二輪のツーリングに行くことになる・・・。
そう、まだ初の400㏄の慣らし運転中の出来事だった・・・
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19
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年08月04日(月) 13時18分
初の本格ツーリング
集合場所に行ってみると、10人程度が既に集まってた。
どうやら、ほとんどの人が初顔合わせのようだった。
先輩、Sさんから隊列走行(ちどり足)や基本的なサインの確認があり、
それまで、単独で走っていた自分には新鮮だった。
しかし、それ以上のインパクトがスタートしてすぐにやってきた。
「速い」つまり加速がいい。もちろん、4輪車が走っているので巡航する速度は
普段と変わらないが、時速60キロに到達するのが速い。
もちろん、バイクの能力的には全体の中でも、まったく問題はないはずだが、
いつもより、加速時2000回転ほどエンジンを回していることにビックリした。
段々都会を離れ、奥多摩に向かう郊外に入ると、対向車線に同じくオートバイの
ツーリンググループとすれ違うようになる。みんな、ピースサインを交わす。
これは、千葉の山中を一人で走っていた者には感動であった!
隊列の加速にも、自分のオートバイにも慣れて来たころ、奥多摩に到着した。
ドライブインで食事を済ませ、有料に入ると多少ペースが上がった。
正直、山道のコーナリングには少々自信があった。
バイクの性能も優れていたし、段々楽しくなってきた。
少しすると、駐車場に入り、S先輩から聞きなれない言葉を耳にする。
「これから、1時間、フリー走行をします。集合場所はここです」
これを合図にみんな勢い良く駐車場を後にした。
S先輩に「フリー走行って何ですか?」と聞くと、
「適当に走る時間だけど、別に何しててもいいよ。ここで写真撮ってるから、このコーナー走ったら写るよ!」
と、言われた。
しばらく、眺めていると、かなりのペースでコーナーを攻めている。
時々、路面にバイクのステップかスタンドが接地してガリガリ音をたてて通過する輩もいる。
当時、自分の経験では滅多に路面に接地するなんてボビーでもなかったのに、みんな750や
400でガリガリやっている。
先輩にも促され、ちょっと走ってみることにした。
ず~と上のほうまで行って、下り始めてしばらく走って戻った。アクセルをひねった。
下りでの加速は凄かったが、速度計は道路が広いせいもあって、あっという間に未体験ゾーンに
突入。迫るコーナーに入るが、感覚的に速度が足らない。「もっと、行ける・・・」
立ち上がりのストレートを更に加速する。「確かヘアピンはなかった・・・」
それにしても、風圧がすごい。思い切り前傾姿勢を取りながら、次のコーナーが迫ってくる。
なんとか、回り込むが、既に自分が何をしているか分かっていない。一種のパニック状態だ。
必死にバイクのしがみついて、みんなの見ている駐車場前を通過した。
ここで、精魂尽き果てユータウンして、駐車場に戻った。バイクを止めると足腰が脱力感で
危うく立ちゴケしそうであった。
「なかなか、やるじゃん!」先輩をはじめとするギャラリーに褒められるも、
「初めてあのバイクで攻めて、風圧で体力的にも精神的にも一杯一杯でした」
「うん、すぐ慣れるよ」
そんな、最中、ガガガガ・・・シャー・・・・・・・・・・
1台のZ400FXが・・・・見ればうちのメンバーではないか。。
身体はなんでもなかったが、売却の決まった彼のバイクはダメージを負っていた。
レバーが折れていたが、予備を持っていて自走できる状態に復活した。
「一体、このツーリングって何だ?」
約束の1時間が終わっても、いまいち何の時間か理解できなかった
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20
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年08月05日(火) 13時42分
おかまたん どうも
自分自身のためなら、いつから事を起こしても遅くないし、挑戦した方が人生
楽しいと思う。
でも、仕事とか商売につなげようと思う、他者がからむ事は、旬があるから
挑戦は早い方が良いかもしれませんね。
例えば、自分の歳で「歌手を目指す」と思っても、個人的には歌が上手くなったり、
成長できることはあるかもしれないけど、市場的には「いらない存在」ですよね。
よく年寄りが「若いっていいな」と言われますが、具体的には「やり直しが出来る
期間が豊富にある」ってことが言いたいのかな?
逆に言えば、お年寄りになっても人は「しておきたかったことが忘れられない」ので
しょう。
もう、自分の年齢では、挑戦できることが増えることより減ることが多いですが、
やっぱり、若い頃にしておかなければならなかった事はありますね。もう、それは
後悔にしかならない。どんなに才能があったとしても、今更、陸上100Mの代表は無理
ですからね。っていうか、そんな才能など、ハナからどこにも見当たりませんが
でも、若いうちの後悔は反省となり再挑戦の原動力になると思います。100Mの代表に
挑戦していたら、そこには届かなくても、トレーナーの才能が開花するかもしれないし、
将来それで代表選手を生み出す仕事に就くかも知れませんからね。いずれにしても
必死になって向かい合った結果、生み出されるものでしょうから。
まあ、自分も偉そうなこと言えませんけど、おかまたんの年頃で後悔が多いということは
それだけ将来可能性を秘めているということではないでしょうか?
特別に何もしなくても、生きていける時代ですから。その中で、やりたい事を見つめる
って、大切なことだと思いまする
経験値が18ポイント上がった
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21
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年08月06日(水) 02時01分
ジムカーナとの出会い
ツーリングから帰り、S先輩と数人でクラブを創った。ついでに写真部を辞めた
クラブと言っても月一のツーリング程度で、毎週ミーティングを繰り返していた。
ある時、ジムカーナのレースがあるから観にいこうと言う事で、初めての
ジムカーナと出会う。ジムカーナという競技は、大きな駐車場などにパイロンを立てて
スラロームやボックスターンとか決められたセクションを作り、そのコースでタイムアタック
する競技である。
実は当時既にジムカーナという競技はMFJ(日本の2輪のレース団体)では、廃止となっており
草レースであったが、トップクラスのレーサーが多く参加していた。
不思議なことに、ほとんどのマシンはカワサキZ750FXⅢという、本来650のフレームに
750のエンジンで小回りが利くことが、その理由だった。
しかも、観た事ない取り回しの速さ。どうしたら、あんなに750をコントロールできるのか?
その後、白バイの全国大会上位者とは警視庁のコースで何度も競争したが、驚くほどの
事はなく、白バイが上手いとか速いとかは、まったく思わなかったが、このレーサーたちは
30年近く経った今、思い浮かべても信じられない次元の走りだった。
正直、モトクロスのアクションジャンプ(当時は無かったが)なんかだったら、「スゴイ」でも
あれは別物だから・・・と思えたに違いないが、この競技は誰にでも出来る次元のことを
誰にも真似できないような次元に高めている点で、ショックは大きかった
後にロードレースのレーシングチームに発展するほどの「速い」部員が多い中、この競技だけは
いつもトップ争いを演じられたのは、おそらく、あの時観たものへの憧れが強かったからだと思う
年も明け、長い大学の春休み。2月の冷たい大雨の日に、実家に帰る途中。
実家まであと10キロぐらいであろうか?
見通しのきく下り直線道路、自分の車線の先頭には路線バスが停留所に停車中。
後方に付けた乗用車5~6台を対向車線に出て一気に追い抜こうとした時、
そいつは、雨で曇ったシールドを通して、いきなり目の前に現れた。
2速全開から3速に送り込んだところで、無灯火で信号待ちをしていた軽トラに
正面からぶつかった・・・。アクセルを戻す間もなく、身体は宙に舞っていた。
数瞬後にデイバックを背負った背中から落ちた。どうやら軽トラの屋根の上だ。
身体の自由はなく、そのままバウンドして、3メートルぐらい離れた歩道に落ちた。
あの速度でぶつかったのだ・・・身体を冷静にチェックする自分がいる。
足のすねが痛む。前歯が折れたのか、口の中で舌先がイヤな欠片の感触を確認する。
軽トラの運転手は車から降りてこない。
ふと見ると、愛車XJは横倒しで、タンクからガソリンが漏れているようだった。
近づいて起こしたが、フロントタイヤは見事にエンジンにくっついていた。
ようやく、見物人か身内か、軽トラの運転手が誰かの助けを借りて頭から血を流し
降りてきた。どうやら、軽トラは自分の店の前で、この若造の暴走ダッシュを受け止めたらしい。
即、救急車を呼んでもらい、実家にも連絡を入れた。
被害者の男性と同じ救急車で、近所の病院へ直行した
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22
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年08月06日(水) 11時16分
大きかったXJ
治療を終え事故現場に戻ってみると、すでにXJはなく、見慣れたリンカーンが
止まっていて中から実家の前に住んでいるご夫婦が待っていてくれた。
幸い先方の怪我もたいしたこともなく、事後処理も順調に終わり、裁判所の裁定は
「業務上過失傷害・罰金5万」という交通前科がついた。
結局、自らの視力とライトが点いているという思い込みの甘さから招いた事故は
被害者のおじさんに怪我を負わせ、自らの前歯と奥歯を自力で食いしばって折り、
ヘルメットでこすれた額の皮が1センチ程度丸く剥離して、すねを打撲。奇跡的に
無傷といっていい位の外傷で済んだが、約3ヶ月で別れる事になったXJは最後まで
自分の中で大きなバイクという印象で、コントロール出来ず終いで廃車となった。
XJの傷跡は他にもあった。21回分のローン残である。学校に戻りしばらく
ミーティングも辛いものがあった。そんな最中にヤマハから名車RZ350が市販
される・・・。その初夏に18回残プラス36回のダブルローンと、両親の逆鱗にふれ
大幅に仕送りをカットされ、極貧の生活と共にその白いRZはやってきた。
経験値が17ポイント上がった
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23
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年08月06日(水) 16時22分
クラブの伝説となった夏合宿
例によって走行距離800キロの慣らし運転中RZで、その合宿はやってきた。
この頃はまだメンバーの趣向性や実力もお互いに判らないままの出発だった。
場所は志賀高原。何が伝説かと言えば、後にクラブ内での速さランキングが暗黙の
中で固まった、そんな合宿となった。
最初は碓氷バイパスでの隊列解除。高速コーナーが多いこの道で既に本気モードに
火が点いたようだった。コーナーの入口で慣らしのためヌルい走りをしていたら、
後方から一気に外側に張り付かれ、ひざで「遅いよ、新車さん!」と言わんばかりに
ノックして抜いていった。
それからが大変。再び一般道に入り果てしなく続くワインディングロードのフリーで
競争が始った。先頭を形成する6~7台をマークしながら付いて行ったが、長い下りの
ストレートが見えた途端、集団が2つに分かれた。全開組とOOOキロで止めた組。
厳密には、置いていかれた組も、それ以上速度が出ない限界組と、意識で止めた組。
それぞれの思惑で1台の転倒者も出さずに宿に着いた。
宿では、初めて顔を合わせる者もいたが、今日の走りのレベルでお互いを理解したよう
で話す相手も自然に出来上がったようだった。
自分は第2グループで自重した口で、当時の先頭集団への印象は「無謀」であった。
S先輩も自分と同じ位置にいたが、明らかにオーバーペースだと言っていた。
一般的に考えれば、自分たちのペースでも非常識。彼らはその非常識度合いが
超えていただけ。結局、その後の経験から、彼らは彼らなりに安全に対するマージンは
持っていたということで、それが技術レベルの違いであると、数年後に理解する。
まあ、理解したとは言っても、公道で彼らと対等に走れるようになったわけではないが、
成長すると見えてくるものがあることに気がついた。というのが正解かもしれない。
確かに社会的にはアウトだし、到底受け入れがたい行動ではあるが、道交法に違反すると
いう意味からすれば、40K道路を60Kで走るのも程度が違うが同じであるとも言える。
彼らがその後サーキットに行き、40歳を超えてもレースをしているところは凄いと思う。
人は自分の物差しで状況を測るが、物差しの長さは一緒ではない。これは、他のどんな
事象でも言えることで、自分にとって「ありえないこと」でも、「それが普通」の人が
いることを、いつでも考えられるようになった。この意識を実体験で学べたことは
オートバイに乗っていて、最もためになったことかもしれない。
経験値が16ポイント上がった
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24
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年08月10日(日) 03時59分
クラブ活動
夏合宿は2日目、有料林道を中心としたオフロード。
すべてがオンロードバイクなのに、林道に入るなり、いきなり全開組は
コーナーに大きなドリフトの跡を残し、あっという間に昨日同様視界から消えた
さすがに、昨日の一般道とは違い、一方通行の林道ということで多少リラックスはしたが、
とても大きな石ころがゴロゴロの中、新車の足回りやマフラーにダメージを負うのがイヤで
ここでも自重した走りとなった
結局、一台の犠牲もなく無事に合宿も終わり、互いの技量が分かり、
ある者は、その技量のみで人の付き合い方を決めたようだし、ある者は、よりクラブ活動を
意識するようになった。
広い空地や駐車場、河原や中洲。オン・オフ問わず、自分のバイクを持ち込んで仲間と
競争した。もちろん、許可を取って、面白そうな遊びはドンドンした。
さすがに、400や750で河原を走ると傷みも激しく、即、クラブで古い400を買って
それでタイムアタックなどした
警視庁の安全運転教習なんかにも参加したり、メーカーの指導員資格なども取得した
関東近隣の峠にはよく行って遊んでる連中もいた。
そして、いよいよサーキットへ
みんなライセンスを取得し、チームでレースに出ることとなった。
サーキットなんて走る前は、どんなタイムが出るのか?
雑誌の国際A級ライダーなんかの記事で比較したら、ほとんどがクラブ員のタイムの方が
速かったりしたものだから、一気に自信がつき、レースに出る・・・って話は盛り上がったが、
今度は肝心のバイクが無い
結局、解体屋から走りそうなバイク(GS400)を5千円で買ってきて、自分達で改造する
ことになった。一応、その当時でもGS400なんて既に型が古く、しかし、ヨシムラのハイカムが
安く売っていて、後は全部手作業で組み立てて、どうにかレース前日にエンジンがかかるように
なった。
意外に高校時代のボビーで培った研磨などの努力と同じレベルの作業だったが、
ノーマルエンジンの粗悪さにはビックリした。バルブ周りなんて完璧に隙間だらけでしたよ
それで挑んだ初レースは、なんとポールポジション。
本番では中盤エンジントラブルでリタイアでしたが、一気に自信がついた
実はレーサーに選ばれた後輩も、クラブ内では遅い方の人間だったので、この現実は
その後のチームの活力の源泉であったに違いない
結局、数レースGS君はエンジンを替えて使われたが、耐久性は無く、既にCBXやRZ・XJとは
ポテンシャルが比較にならない事を理由に、各自部員がレース用車両を用意することになる。
まあ、現在でもレース活動をしている連中もいるので、当時の活躍は目立ったものだった。
有名なクラブから引き抜かれたり、その活動はエスカレートした
同時にレースだけが主体となり、一般の部員とレーサーとの間に溝が出来始めた。・・・無理もない。
その後、レーシング活動のチームはクラブ活動から分離したのも必然だった。
当然、自分もダブルローンを抱え、皮つなぎも買えず、サーキットでのレースは参加できなかった
時はバイクブームで、3年になる頃には自分が会長を務めるようになり、S先輩から引き継いだ
バイクの基礎技術の向上をベースに独特のカリキュラムで、新入生を上達させた。
自身の廃車経験から、「愛車を本当に愛するなら、技術を磨いて最後(売る)まで使ってあげてね」
会員は50人を超え、合宿とか一団ではムリなので5~6台のチーム編成などもあった。
不器用でセンスの無いやつも、無鉄砲な負けず嫌いも、半年・1年と経ってみると、
見違えるように成長したし、いつしか峠で抜いて行く奴まで現れると、何故かうれしかった。
まあ、ジムカーナでは抜かせませんでしたが
長い4年間、オートバイ中心の生活だったが、一番の幸運は仲間で死亡事故はなかった。
ただ、卒業後数年して不意に東京から千葉の自分のところまで遊びに来た後輩のレーサーが
その一ヵ月後に、公道でダンプに巻き込まれて亡くなった
学生時代から、彼の人懐っこい性格は皆に可愛がられ、良くバイク以外でも遊んだ仲だった
経験値が18ポイント上がった
ID:k643cgvxne
25
タダウシ
“鳳凰天舞”
2008年08月15日(金) 00時37分
ブレイクタイム
昔から変な感覚があって、霊感もUFOも不思議なものを見た事も無いが、
たった一つ、地震が来るのがかなりの確率で判る
大抵は街中や建物内部で、床の下が空洞なところを歩いている時、
急にヒザが「ガク」っと力が抜けるような感覚があると、その24時間以内に
地震が来るのである
歳の所為か最近は以前ほどハッキリした感じがないのだが、最近の傾向では
ヒザというより全身が揺れる感じで、このところの地震が起こっている。
今日、会社でこの感覚とは違うが、それに近い立ちくらみがあった。
単に体調が悪いのか?
明日の夕方ぐらいまでに地震があるかもですよ
ちなみに、地震の大小はまったく判りません。人が感じられる地震ということだけです。
まあ、あまり来て欲しいことじゃないので、外れてくれてOKなのですが、
過去に何人も「マジ?」と怖がらせたことがある、自身がもっとも不思議な感覚です
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